エマウスワークキャンプの元鉄担当が綴るエマウスワークキャンプとヤングエマウスの記録と記憶


by comme_ci_comme_ca
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 1982年の夏に前橋市にあるあかつきの村でワークキャンプを行った。1983年の春のキャンプの実行委員要請を兼ねたキャンプだ。そのときに、あかつきの村のリーダーを務めていたのが石川能也神父だった。石川神父はベトナム難民の受け入れ、日本定住のサポートに力を入れていて、あかつきの村の中に定住センターをこつこつと建てていた。私達はその整備も僅かだけれども手伝った。

 今年8月に石川神父は亡くなった。アジアエマウス友の会ニュース2012年11月1日発行60号から以下転載。
訃報
石川能也神父(さいたま教区司祭)
8月14日誤嚥性肺炎のため帰天
享年75歳 1973年よりアジア・エマウス運動を始め、故ロベール・バラード神父と共にアジアの苦しい立場にある子供達のために尽力されました。感謝と共にご冥福をお祈り致します。


本当によく働く方だった。
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# by comme_ci_comme_ca | 2012-11-09 23:21 | エマウス
アジアエマウス友の会ニュース-神戸通信-2012年11月1日 第60号より
アジアエマウスバザーのお知らせとご支援の依頼

常日頃からアジアエマウスのために、ご支援下さり有り難うございます。
東日本大震災復興支援、アジアの貧しく困っている子供達への援助と冬を前にして神戸で路上生活を余儀なくされている人達への支援を目的に毎年慣例のバザーを開催します。このバザーに売り手として、また買い手として、あるいは物品を寄贈下さるとか、何らかの形でご参加下さいますように、何卒よろしくお願い申し上げます。
                                                                   アジアエマウス友の会代表 

特に物品の寄贈をお願いしたいとのことだ。

バザーの日時と場所は以下

日時;2012年11月30日(金)。12月1日(土)午前11時から午後3時
場所:社会福祉法人暁光会
神戸市中央区吾妻通5-2-8
(JR・阪神・阪急三宮駅より徒歩15分)
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# by comme_ci_comme_ca | 2012-11-08 07:42 | エマウス
 先週の土曜日、2012年11月4日にエマウスの慰霊祭が箕面で行われ、その後夕方から大阪暁光会(正式名称は社会福祉法人暁光会大阪支部)で今年の正月に亡くなった元責任者の谷さん(谷安郎さん)を偲ぶ会が開かれた。僕が、谷さんにお世話になり、ヤングエマウスに従事していたのは今から30年前の20歳の時から数年間だ。谷さんの声、笑顔、言葉は良く覚えている。

 僕は1月の谷さんのお別れ会には日帰りで参加した。けれども、今回の偲ぶ会には、参加しなかった。ワークキャンプの実行委員長を務めていたときも、その後も自分が引きうけた責任を全うすることに必死立たし、たわいも無い雑談ができなかったので、楽しかったとか充実していたという思い出は殆ど無い。大阪暁光会に殆ど住み込んでいた時もメンバーの人とお酒を飲んだり、遊ぶでもなく、ただ誠実に一緒に働くことで認めて貰い働くというコミュニケーションをとっていた。東京から片道4時間ほどを掛けて出掛けても名前は知っているけれど会ったことの無い先輩と挨拶をするだけ、一緒に働いた仲間と会っても何を話して良いのか、過去の思い出に浸るよりも、カウントダウンの始まっている人生の今と未来の時間を使う方が良いと考えた。谷さんのお別れ会に参加することで、僕は過去に区切りを付けたつもりだった。

 偲ぶ会に参加した先輩から連絡があった。「どうしても30年前のお礼を言いたくて来ました。」と広島から日帰りで偲ぶ会に参加した人がいたことを。僕にとても会いたがっていたそうだ。赤字になりそうだったキャンプをなりふり構わず何とか黒字にして、その中から42万円を障碍者の父兄達が起ち上げて歩み始めたばかりの広島の障碍者の共同作業所に寄付した。ワークキャンプが終わって5月に現金を僕が広島市東区尾長町奥谷の東部生活実習所に届けに行った。30年前のことだ。東部生活実習所は1982年のワークキャンプに参加していた中学生が贈った「きつつき」という名前に名称を変えて今も広島市にある。

 世の中に手助けを必要としている人達がいる、広島にそのような人達がいる、それに対して限られた本当にささやかなことだけれども自分達にはできることがある。そう思って30年前に働いた。30年経った今もお礼を言われる事なんて思っていなかった。お礼を言わなければならないのは、僕の方だと思う。いつか、元所長にお礼を言いに広島に行こう。

 
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# by comme_ci_comme_ca | 2012-11-06 22:13 | エマウス
 須賀敦子さんが日本で最初のリーダーを務めたエマウスワークキャンプの初期に参加して活躍し、その後、イタリアに単身で渡り舞台衣裳デザイナーとして成功を収めた大町志津子さんという方がいる。大町さんは、311の後に何か出来ることはないかと奔走し、最近千人鶴プロジェクトというNPOをイタリアで起ち上げた。石巻市渡波小学校・中学校の生徒達を支援しているNPO法人ワタノハスマイルと連携して、子ども達のサポートを行うためだ。

 千人鶴は、エマウス運動の一つではない。けれども、アベ・ピエールがフランスで蒔き、バラード神父や須賀さんや谷さんやそのほかの多くの人が日本で育てたエマウスの種が、精神が、大町さんの千人鶴につながっているのだと思う。

 手助けを必要としている人達がいる。自分にできることがあるかもしれない。ならば、動いてみよう。

千人鶴のサイトはこちら。
http://www.senninzuruitalia.com/

ワタノハスマイルのサイトはこちら。
www.watanohasmile.jp
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# by comme_ci_comme_ca | 2012-02-16 22:11 | エマウス
 1981年に参加したフランスでのワークキャンプの時に着ていた青いつなぎと皮の手袋、そして磁石をもって、瀬戸市でのキャンプに参加した。そして、フランスのキャンプの時と同じように一ヶ月間、鉄の解体をした。

 大きなものでは、飲物の自動販売機を何台か解体した。これは、とりくみがいがあった。フランスの金属製品とは違い、鋳物が使われている部分が少ないので、力ずくでは解体できない。ねじ回し、スパナ類、レンチを使って丁寧に順番を追って解体した。

 他には扇風機、ミシン、アイロン、自転車、冷蔵庫、洗濯機といったところが多かっただろうか。昭和30年代か、40年代の匂いのする鋳物が部品に使われているアイロン、ミシンなどが結構あって、そのまま解体するのは惜しい気がしたが、骨董屋などに持って行く手間をかけられなかったので、目をつぶってともかく解体した。あとは、何を解体したのだっけ。もう憶えていない。
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# by comme_ci_comme_ca | 2011-02-19 00:00 | 1983年瀬戸キャンプ